Saturday, October 6, 2012

レストランが燃えた日2

そう、それから数時間は泣くことしかできなかった。
でも、数時間して、ふと思った。

一番悲しいのはきっと、私じゃない。
パートナーのdeoなんじゃないかって。

そしたら、急に自分が泣いている場合ではないことに気がついた。
彼のrwizaに対する気持ちは、私がこの世界で一番知ってる。
一緒につくってきたからこそ、今私が彼のそばにいなくちゃならない。

だから顔をあげて、彼に会いに行くことにした。
もうすぐキガリから現場に到着するはずだ。

そこにいた彼は疲れきった表情だった。

大丈夫?

ああ、大丈夫。きみは?

と言葉をかわす。
でも、絶対大丈夫じゃない。

それから私たちは警察にいって、手続きをして、
それで、一緒にご飯を食べることにした。

正直、自分も大丈夫からはかけ離れた状態だったとはおもうけど、
とにかく彼を励ますことが先決だった。

泣きそうなのをこらえて笑っていう。お疲れ様、大変な一日だったね。

deoもいう。お疲れ様、君も大変な一日だったね。

そして長い沈黙。

ねぇ、deo、私すごく悲しいし悔しいんだけど、まだ諦めたくないんだ。

ゆっくり話し出す。

彼もいう。

僕も諦めるわけにはいかないよ。って。
ここまで、やっとここまできたんだから。

よし、じゃぁやろう。落ち込んでいる時間はない。決まりっ。

こうして私達の静かな食事は終わった。


帰り際にdeoが言ってくれた。

「こんなに悲しいことが起こっても、
君といるとなんだか笑えてしまう。また頑張れる気がする。」

帰り道ずっとずっと、心の中で繰り返す。


なんだか知らないけど、ありがとうって思った。

私を必要としてくれて。

ありがとう、頑張るって。

正直、なんのためのレストランかとか、なんでレストランか、とか
もうそんなのどうでもいいと思った。

とにかくたてなおす。とにかく絶対オープンさせる。

それしかできない。

後ろには下がれない。そこにとどまっていても辛い。

道は前にしか伸びてない。

じゃぁ進むしかないじゃないかって。


それから私は泣いてない。一度も。

もう泣かない。そして絶対あきらめない。






Thursday, October 4, 2012

レストランが燃えた日。

少し時間がたって、自分にもようやく余裕がでてきたので、
ここ最近起こったことを、記録に残しておこうと思う。

9月27日。私はきっとこの日のことを一生忘れない。

この日はネイサンというルワンダ人の学生と、
レストランを見にきていた。
彼はここのウェイターになる人間で、ここ最近ずっと、
私の手伝いをしてくれていた。

そんなネイサンがその日、たまたま、レストランを見に行きたいと言い出した。

もちろんいいよ。行こうって言って朝待ち合わせをし、
私達はそこに向かった。

ぐるっと一周、ゲストハウスとレストランを案内し、
ゲストハウスのベランダから大きな湖を見降ろしながら色んな事を
彼としゃべった。

どんな場所にしたい?なんでやってるの?
ここはこうしようよ、あれも必要だねって。
僕にできることならなんでもやるからって。
そんなことを一時間ほど喋っていた。

その横では二人の大工さんが、私たちが来たのをみて、
焦って工事を再開したところだった。
今日はどうやら床を磨くらしい。
やっと仕事を始めた彼らを見て、ちょっと安心して
じゃぁお腹も空いたしランチに行こう、
と私はネイサンを誘った。

とても楽しいランチだった。近くのレストランで色んな話をして
こんな人と働けるなんて恵まれてるなぁなんて考えていた。

ちょうどその時、電話がなった。
パートナーのdeoからだった。deoが電話先で何やら怒鳴っている。

ゆりこ、アクシデントだ!レストランが燃えてるらしい。
今すぐそっちに行ってくれないか。僕もすぐ行くから。

その言葉に私は凍りついた。
そんな馬鹿な。さっきまで、たった20分前まで、
だってそこにあったじゃないかって。
とっさに、そんなことが起こるはずがないって言い返した。

さっききたばっかりの昼食なんてそっちのけで
私は急いでゲストハウスに向かった。
いつもよりなにやら人が多い。
みんな一点を見つめている。
なんだか、すごく、すごくやな予感がした。

レストランに続く坂を一気に駆け登る
そこに、さっきまであったはずのレストランは、
もう、そこにはなかった。あったのは立ち上る煙だけ。

恐る恐るレストランに近付いて、人に話かける。
誰も怪我はないの?

ないって、女の子が首をふる。

何があったの?

電線の配線が悪くて、と近くにいたおじさんが説明する。

そうか、と言った瞬間、涙が溢れ出てきてしまった。


地面に座り込んで、大声で泣いている私の姿を、
たくさんのルワンダ人が見つめている。
15歳くらいの女の子がよってきて、大丈夫、大丈夫って言いながら
私をそっと抱きしめてくれた。

おもむろに電話をとりだして、電話する。
泣きじゃくってしまって、何も言えない。
レストランが、レストランがって、ずっと言っていたような気がする。

そっから何をどうして、家に帰ったのか、私はよくわからない。
でも気付いたら家のソファーに座っていて、色んな事を考えていた。

今まで頑張ってきたものが、目の前で燃えていた。
一瞬にして、すべて消えてしまったような気がした。
また立ち上がれるのか不安だった。
神様は一体どうしてこんなことするんだって、
何に八つ当たりしていいのかわからない気持ちを抱えて、
ただただ泣くことしかできなかった。




















Thursday, September 20, 2012

My Dearest Oven

久しぶりにRwiza にいったら、
ちょうど一年前、なにをどうしていいのかわからなかった私が、
手始めに作ったオーブンが、もののみごとになくなっていた。
キッチンが拡大されていて、そこはトイレになっていた。

自慢げに話すパートナーをみて、
私は正直なにも話せなかった。

確かに、使ったレンガはボロくてさ、
なんか頼りない感じだったんだよ。

確かにさ、ほんと、役に立つのかわかんなかったし、
でもね、みんなで一生懸命作ったものだったのに。

ベノワがさ、仕事の合間をぬって駆けつけてくれて、
かおるくんがさ、日本から来て手伝ってくれて、
片っ端から本をみて、
ああでもない、こうでもないっていいながら設計して、
カズングがさ、毎日セメントを作るのを手伝ってくれて、
近所のおじちゃん、おばちゃんが、だんだん、
手伝ってくれるようになって。

そうやってできた、オーブンなんだよ。

反省点がないわけじゃない。
改善できることもあった。
結局壊される運命にあったのかもしれない。

いろんなことは考えられる。だけど、

マジふざけんなよ。

これが私が最初に思ったこと。

せめて一言いえよ。

せめて、事後報告でもなんでもいいからしろよ。

そうじゃないと、今作ってるフライヤーも、
HPも、メニューも、全部そうなっちゃうのかなって思って、
素直に頑張れない。

絶対投げ出さないし、逃げ出したりもしないから、
反省もするし、繰り返さないように頑張るから、
せめて、ここでは一言いわせて。


まじでやめたい。


Sunday, September 16, 2012

サラダなのか、肉なのか。

今日という日がこんなに早く終わるのだから、
あと10ヶ月なんて、あっという間なんだろうと思う。

そうやって、終わりを意識してみると、
10ヶ月だろうが、1年だろうが、10年だろうが、
ただ単に、一日一日の繰り返しだってことに気がつく。

よく、留学とか、
自分の人生を変えたくていく、とかいうのを聞くけれど、
行ったところで、そこにあるものは、
眈々とすぎて行く毎日なわけで、
アフリカにいたってそれはそうで、
日本にいる時と変わらず、毎日がすぎて行くだけのことだ。

確かに、いる場所によって出会う人も変わるから、
それで、何かしらの影響をうける、なんてこともあるけれど、

でも、みんなの思っている人生をぱっとかえてしまうようなことなんて、
そうは起こらない。

振り返ってみた時に、はじめてそれがわかる、そういうことはあるけれど。

つまりなにがいいたかったのかっていうと、
大事な決断っていうものや、ここぞという頑張りどころ、
なんてものは、人生のうち、そんな大きな割合を占めているわけではない、ということ。

というより、人生は、眈々とすぎて行く毎日のほうが圧倒的に多いわけで、
それをどうやって自分らしく一生懸命取り組むのか、
毎日の小さな決断とどう向き合って過ごして行くのか、
そういうことのほうがずっとずっと、大切なんじゃないかと思う。

そしてその繰り返しが、大きな決断に出会った時の自分を、
形作るんじゃないのか、と。

もしかしたら、そのするべき決断やチャンスさえも、
毎日によって変わるんだろう、と。


目下、わたしのするべき決断は、お昼ごはんをどうするか、
なのだけれども、ふとそんなことを考えた。

ここは、10ヶ月後のわたしの体系を考えて、サラダにすべきか、
それとも、欲望にまかせて、お肉をたべるのか。

悩ましい。






Friday, September 14, 2012

オフラインライフ

この前、私のPCにおもいっきりジュースがかかったw
ということで、あんまり、ネットが使えない環境になってしまいました。

残り10ヶ月iPadで頑張ろうと思っているのだけど、
ちょっとした作業に支障を感じている今日この頃。

でもお陰様で、だいぶ戦略的に動けるようになりました。
パソコンを借りれる時に、
やれることをやらないといけないから、
あの時にこれをやって、ここではこれをやって、、、、
っていうのが、わかりやすくなって、
実はちょっとだけ、本当にちょっとだけですが
助かっている部分もあります。

神様ありがとう。
と無理やり感謝する毎日 笑。
泣きそうですがw本当は。

最近、ゲストハウスのことが、頭からほんとはなれなくて、
夢のなかにもでてきました。

なんでかって、たぶん、もうすぐ25歳だから。
もう、24歳のうちにオープンしちゃいたい!!

でも、私だけ焦っても仕方がないんですよね。
どうやって、現地パートナーを巻き込んで一緒にやっていくか。

難しい。。。。ここが頑張りどころです。



Friday, September 7, 2012

「競争」を作る

最近思ってること。

JICAの青年海外協力隊で村役場配属のボランティアとして、この村にいることと、
村上由里子として、ひとつのビジネスをルワンダ人と一緒にやる

ということは相反しているのではないのか。ということ。


前者の場合、JICAは当然日本の援助機関で会って、
そこは「援助」をしている場所であって、
私はその「援助団体」の派遣するボランティアであるわけです。
だから、私は村の誰にでも平等でなければならないし
そういうことが求められているような気がする。

村役場でこんなことを聞かれたりもする。
「どうしてゆりこは、ひとつのビジネスばかりを支援するの?
 この村にはあなたの手を必要としてる人はたくさんいるのに。」
そんなことを言われると心が痛い。


後者の場合、私はそこがどうやったら儲かるのか、を真剣に考えなきゃならない。
だから、時には周辺のホテルやレストランにはできないことを
探して実行しなくちゃならないし、
この村のすべてのビジネスに平等に手を貸す、なんてことはできない。


だけど、私は、この村に一番必要なものは「競争」だと思ってる。

つまり、

「よりお客さんに喜んでもらうために、切磋琢磨すること」
だと信じている。

どうやったら儲かるんだ?って、
どうやったらあの店よりお客さんを集められるか
って個人レベルで考えられるようになることが、
結果的に援助から自立するってことだと思っているから

「競争」をこの村に仕掛れれば、いいんじゃないか?って、
そんな風に、思ってる。


ごまかすことはいくらでもできるけど、
究極、自分の立場と自分のポリシーみたいなものと、
どっちを優先させるべきなんだろう?







Monday, September 3, 2012

ルワンダに帰って来ました。

空港を降りて、ルワンダの涼しい風を浴びて、なんかほこりっぽい匂いを嗅いで、
ああ、帰ってきたんだなぁと思いました。

意外にも日本にいた時には、あんなに遠く感じていたこの国に
なれるのはいとも簡単で、
忘れていたらどうしよう・・・と思っていたルワンダ語も、
意外と簡単に思い出すことができて、
今は自分が3ヶ月も日本にいたことが嘘のよう。

ただ、以前と確実に違う何かを、感じているというのも事実で、
それは多分、自分が日本にいたからこそ、感じることなのではないのかと思い、
ここにかきとめておこうと思います。


①自分の今いる環境は異常

ルワンダでゲストハウスを作る。
2年間もアフリカで暮らす。
よくわからない言語をしゃべる笑。

身近になりすぎていて忘れていたけど、日本に帰ってみたら、
これってすごく異常なことでした。
頭のいい人も、経歴のすごい人も、かっこいい人も、かわいい人も、
たくさんあったけど、
私と同じ経験をしている人は、誰一人いなかった。

確かに同級生との会話で、会社の話とか、全然ついていけなかったけど、
でも、私にしか見えない世界がここにあることを、
私にしか感じられない悩みがここにあることを、
私にしか出会えない人がいることを、
しっかり思い出させてもらいました。

だからこそ残り10ヶ月、ここでしかできないこと、
つまり、今ここだからこそできること、をしっかり見極めて楽しんで、
思いっきりやりたい。

それはバスでとなりのおっちゃんと会話することかもしれないし、
Rwizaの準備をすることかもしれない。
ルワンダ人と同じ言葉を喋り、もっと理解を深めることかもしれないし、
近所の女の子とかけっこすることかもしれない。

そう思ったら、すごくすごく今の環境に感謝できるようになったし、
これからも忘れずにいたいと思ってる。


②変えられるのは自分のみ

周りの環境に感謝できるようになって、気づいたこと。
それは変えられるのは周囲ではなく、他人でもなく自分のみだってこと。

今までうまくいかなかったことを
私は、「私が経験がないから」とか、「ルワンダだから」とか
環境のせいにしてきたことが多かった。
けど、たぶんそうじゃない。

変えなきゃいけないのは、周りじゃなくて自分だった。
そして、私が変えられるものも、他人でも環境でもなく、
自分だけだったってこと。

自分が知ろうとすれば、教えてくれる。
自分が伝えようとすれば、絶対つたわる。
自分が笑えば、相手も笑う。

そういうこと。

周りが変わる前にいい意味で自分が変わることで、
人にもそれが伝わって、何かが変わっていったらいいな、と今、思っている。



今私はルワンダで、
シャワーあがりの気持ちいい夜空を見上げながら、
このブログを書いている。

庭ではなぜか、ヤギがないていて、
さっき、警備員のおっちゃんが、「ゆりこ」って初めて私の名前を呼んだ。
帰ってきたんだねって、泣きそうになりながら。
ただいまって抱きついた。
今までどこにいってたんだ?って、村を歩けばいろんな人が私に声をかけてくれる。
「どこいってたんだよ」って。

この人達のことを、私はもっと、もっともっと知りたい。