Tuesday, January 31, 2012

限りがあるから。

私はルワンダに帰ってこれるだろうか、
なんてふと思う。





一時帰国。一時帰国。一時帰国。

どんどんせまってくる、待ちに待ったその時を目の前に、私は若干びびっている。


こわくなって、昔のブログを読みかえす。

まだここに来たばかりのあの頃。


なにもかも新鮮で、バスにのるのですら、わくわくしていた。

今、私は日本に帰ってバスに乗ることにわくわくしている。


この気持ち。


でももし、日本が日常だったら、

バスに乗りたい!なんてきっと思わない。


渋谷の人ごみの中を歩きたいとか、

皆がケータイいじってる電車のなかにずーっと座っていたいとかw

満員電車につぶされていたいとかw

そんなことも絶対考えない。



多分人は「終わり」とか「限り」を意識した時に、初めて、

それをいとおしく思えたりするんじゃないだろうか。

それが「あたりまえ」になっちゃうと、


すごーい、とか

楽しい!!とか、

苦しい!!とか

悲しい、とか


そいういうのを忘れてしまう。


時間はだれにでも有限だってことも。

そこに「いる」ってことがどれだけ素敵なことなのかも。



Monday, January 30, 2012

やるかしか、ないんだよ、結局。

来週日本に帰ります。

一時帰国です。

それで、せっかく日本に帰るんだから、この半年を正直に振り返ってみようかなぁ、なんて思いました。


ルワンダにきて半年。

私の頭の中を支配していた思いがあります。


「はやくにほんにかえりたい。」


えーwって感じですが、これ、ほんとのことなので、やっぱり正直に書きます。


ほんとに、ほんとに日本に帰りたかった。

任期短縮しちゃおうか、とか思うくらい、帰りたかったです。


どんな時に日本にかえりたかったか、あげればきりがありませんが、

特に、


「日本にいる大切な人が辛い時」

「こっちにいる意味が見出せなくなった時」

「がんばりたいのになんか頑張れないとき」


の3つにまとめられるかと思います。


と、ここまで振り返って、ふと気が付いたんです。

「制約」ということについて。


協力隊として途上国で暮らすというのは、もう「制約」ばっかなんです。


水がでない、から始まり、

行きたいところに行けない、とか

日本に1回しか帰れない、だとか、

ものがない、とか

電気がないとか、

技術がないとか

お金がない、とか。


そんなん、言い出したらきりないんです。


で、私は気が付けば、それにばっかり目が言って、おかしなことになってたんだなぁ・・・って。


日本だったらそんなん簡単なのに・・・って思って帰りたかったんだなぁって。



ん?ここまできて、私の思考に、なんかすごい違和感を感じたんです。


なにか大切なものを間違えてるぞ。私は。と。




そもそも私は、


「制約の中にこそ、やりたいことがあった」


んじゃなかったのか?



ということです。




上にあげた「制約」たちがなかったら、


私はここにきたんだろうか?

私はここに来たかったんだろうか?


と胸にきいてみたんです。



答えはNOでした。



「制約の中でやりたい」ことが、しっかり胸の中で生きていて、


ああ、なんて私はバカだったんだろうと気が付きました。



そう思えた今、「なんだまだ、いっぱいあるじゃん」 と気が付いたんです。

やれることも、やりたいことも。


そしてそれが私がここにいる意味なんじゃないのか?と。



そんなことにやっと気が付いたのか!と怒られそうですが、

もう一度、原点に戻って宣言したいと思います。


「やりたいことをやります」


これ。


その「やりたいこと」ってなんだ?って聞かれると、

いまいちよくわかんなくなりつつありますが、

わかんないからこそ


「わたし、やっぱりその時にやりたいことをやります」


と言いたいんです。



制約に、いいわけせずに、「ほんとに」やろうと思うんです。

だって、あれがーこれがーって理由つけずにね。



大好きな友達が、こんなことよく言ってます。

彼はその言葉を言い続けて、バングラで教育ビジネスたちあげちゃいました。


いまや有名人です笑。


「できるか、できないか、じゃないんだ。

やるか、やらないか、それでもない。

やるか、やるか、やるか。それだけだ。」


と。 


大好きな友達その2@エルサルバドルは前に、私にこんなこと言ってました。

「○○したいなーって言ってる人見ると、つい言いたくなっちゃうんだよね。

じゃぁ、やれよ!って。」


と。




それにつきると思います。


私は、やっぱり馬鹿だから、

時に見失ってしまうんです。

いいわけつけて逃げ出してしまう。

たぶん、これからもそうかもしれない。

だけど、やっぱり、


「やろう」


そう思います。



日本ではもっかい、そういう気持ちを見つめ直せたら、いいなぁ。

みんなにあいたい。

Wednesday, December 28, 2011

なりたいな。

私は、


頭のいい人になりたいな、とは思わない。(うらやましいな、とは思うけど)

でも頭を使える人にはなりたいな、と思う。


心優しい人になりたいな、とも思わない。(うらやましいなと思うけど)

でも、心を使える人にはなりたいな、と思う。


誰からも好かれる人になりたいな、とも思わない。(やっぱりうらやましいけれど)

でも、誰か一人でも多くの人を、好きでいたいな、と思う。



こんな人に、なれるかな、なれないかな。

なりたいな。

Friday, December 23, 2011

帰りを待ってる。

先月にここを出て行った先輩隊員が電話で、

なんだか、自分はルワンダからずいぶん遠くにきてしまったようだ、

と言っていた。

確かに。あなたは今日本にいるんだから。

それがなんだかさみしい、別の世界にいるようで。

とも言っていた。





でもね、覚えていてほしいと思う。

ここでは毎日、あなたの名前が呼ばれている。

通りゆく人が、あなたはどうしているか毎日聞いてくる。


近くのお店のおばちゃんも、市場のおばちゃんも、

学校で働くあなたの友達も、牛飼いの彼も、

ホテルで働いてる彼も、

街ですれ違う生徒たちも。



今、どこにいるんだ?

元気でやってるのか?

いつ帰ってくるんだ?

って。



そりゃ、そうでしょ。

彼らは何気ない人生の毎日を、あなたと共に過ごしたんだから。

協力隊として過ごした2年は、今あなたがいる場所とは違いすぎて

きっと自分の人生から切り離された2年のように

感じてしまうこともあるかもしれないけど、



ここでは、


そう、あなたが確かにいた、この場所では、

何気ない毎日の中に、あなたは確かに生きている、と思う。

全然関係ない遠い世界に行ってしまったとしても、

確かに世界はつながっている、と私は思う。



誰かがあなたのことを遠いアフリカで考えていて

誰かがあなたの帰りをここで待ってる。



例えばもう帰ってくることがなかったとしても。

例えばいつか帰ってくるとしても。



その「誰か」はこれからもずっと私に言うんじゃないだろうか。


あいつは元気か?俺あいつが大好きなんだ


ってさ。

Sunday, December 18, 2011

24歳か。

今から約2年前に、始めてバングラデシュに行った。

当時は就職活動中で、

でも自分のやりたいことしっかりみつめる方がずっと大事だと思って。


その後、マザーハウスで、インターンを始めた。

少しでも近づきたいと思った女性の側で働きたくて。


そこで出会った一人の人が、私の人生も考え方も

大きく、大きく変えてくれた。

マザーハウスの迫さん。

本当に頭がいいんだなって第一印象だったけど

話してみると、その頭の良さとか、知識とか、そして行動力とか

全部彼の努力の結晶だった。

でも全然大変そうじゃない。

むしろ、すごく楽しそうで。

クールな感じなのに、すごくあったかい人だった。

たった2歳しか変わらないのに、本当にすごいなぁ

と感じてしまった。


そんな迫さんが、インターン中、

できの悪い私に怒ってくれて、私を励ましてくれて、

飲んでは愚痴を聞いてくれて、側にいてくれて。


それで私の考え方も、人生も、とても変わった。


私が迫さんと出会った時は、

迫さんは24歳で、私は22歳で。

今私は24歳で。

24歳の彼に、追いつけた気はまるでしない。


なんでそんなことを思い出したかっていうと、

Twitterで迫さんがRTしてくれた言葉が、

今もあの時と同じように、強い力となって私を押してくれてることに気付いたから。

「制約の中からイノベーションはうまれる」

んだって。

レストラン、もうね、壁ばっかで、頭の中大混乱だったんだけど

もうちょっと考えてみる。

いや、動きながら考える。

迫さんみたいに。









Saturday, December 17, 2011

本気で本気の振りをする。

この前のブログで、「本気で本気のふりしてる僕らは~」っていう歌の歌詞をのっけたんだけど、

この曲聞きながら、あぁ~しっかりしなきゃなぁ・・・と思っていたのね。


でも最近になって、それでもいいと思えてきました。

それはこの前のブログを読んでてくれた、私にとってとても大切な人が、

こんな言葉をくれたから。



小学校のころから、イチローになりたくて毎日素振りをしていた先輩。
そんな先輩の努力する姿が格好良くて、同じ高校に入ろうと思った自分。
本気で頑張っている人の真似をしてみた。

大学時代だってバングラで頑張る女性に憧れて、
本気で、彼女の本気をまねてみようと思った。

先が見えないからこそ、先を見てきた人の本気の真似をしてみる。
前が見えないからこそ、言葉だけでも前に進めようと発してみる。
これは素敵なことじゃないかな〜と思う。



私は、この人に追いつきたくて、「素敵」になろう、と決めたんだった。

確かに昔、そんなブログを書いてる。

だから、私はこの人の本気を真似してみよう。

本気で本気の振りってやつを、やってみよう。



Sunday, December 11, 2011

本気で本気のふりしてる僕らは


浅い眠り繰り返して 今日も一日が半日
世界の中置いてけぼり デジャブみたいな毎日

やりたいことや見たいもの この世界には多すぎて
やらなきゃいけないことは 見て見ないふりしてきた

「自由」という言葉を履き違えて 
このまま何もせず終わりたくはないよ

本気で本気のふりしてる僕らは 
歩幅を合わせて 
置いてかれぬように歩いてた
だから
本当の自分を忘れていたんだよ 
何かを変える力 
持っていたはずなのに

「お疲れ様」言われるたび 変な気分にさせられる
もしかしたら疲れるほど 頑張れていないのかな

「器用」という言葉を履き違えて
 手を抜いていたら 未来に睨まれた

本気の自分をまだ見せてないだけ 
誰に言うでもなく 
強がるセリフをつぶやいてみる
だけど
本当はどこかで知りたかったんだよ 
どんな大きなことを この手で起こせるのか

薄暗い道で独り 答えを探してた でも良く見ると皆 同じようにさまよってた
分からないなりに本気で進む皆は輝いてて 僕の行く道明るく 照らしてくれたんだ

本気で本気のふりしてる僕らは
何か変えるためまずは自分を変えていかなきゃ
そうでしょ?

本当の答えはまだ見えてないけど
答えなんてどうせ 無い方が多いから
そして本気の自分が踏み出す力で
今度は僕が世界 照らし出す光になりたい.


アラハタシンドローム・ベリーブルーブルーベリー



アラハタシンドロームききながら過ごす日曜日。

このアラハタってのはアラウンド ハタチ!っていう意味らしい。
もうそろそろ、アラハタとは言えない歳になってきたけど、

だからなおさら、胸にずかんとくる。


今の私は本気かな。

それとも本気で本気のふりしてるのかな。


痛いところをついてくる歌だけど、

きっと忘れちゃいけないまっすぐなものが

私に色々問いかける。