Monday, August 18, 2014

やめるやめる詐欺

最近仕事をしていて、
というかずっとこの仕事についてから、
どこかふわふわしている感じがあって、
それを、なんだろう?とか
どうしてだろう?とか考えてはいたのだけれど、
考えきる前に、いつも次の朝がやってきて、
それで、また同じようなテンションで仕事にいく自分。

でも考える夜を、積み重ねていくうちに、
なんとなく見えてきたものはあって。

やっぱり「途上国に帰りたい」これにつきると思った。

今の仕事に不満はない。いや、ある。
なんで有給とれないのー!!!とか。
朝はやすぎー!!!とか。まぁあまりここには書けないけど
それこそ一般の社会人が飲み屋で愚痴をこぼすような、
そういう不満は確かにある。
だけど私は今、すごく素敵な仕事をしていると信じているし、
人にはなかなか出来ないような経験を、いい仲間とさせてもらえてるとも思う。
何よりこれはきっと将来役に立つんだと信じている。
ルワンダでは、誰も私に注意してくれることはなかったし、
給料だってもらえなかった。
そういう意味で、今の仕事には十分満足している部分がある。感謝もしてる。

だからかわかんないけど最近、会社を辞める・・というのが怖くなってきた。

ああ、そういうことか。と思った。
アフリカにいるとき、会社をやめたくてもやめれない友人がいるのを
よく変なのと思ったものだが、
ああ、こういう気持ちかと思った。

やはり人間は一旦手に入れたものを、手放すのは大変なんだ、と。
それは怖いことなんだ、と。

そして逆説的に、そう思っている自分を自覚したことによって逆に、
はやくやめなくちゃとも思った。

もしかしたら永遠に、やめられなくなってしまうかもしれない。
もしかしたら永遠に、自分がやりたいと思ったフィールドに帰る事なく、
私は年をとって死んじゃうのかもしれない。
そうなる前に、私はこの恵まれた環境から抜け出さなくちゃ、と。


じゃぁ具体的にいつやめるのよ、と言われて
結局黙る自分がいて、
とりあえず目標の月を決めてはみたけれど。

やめるやめる詐欺にならないようにしなくちゃと、
実はあんまり辞めたくない自分と、実はやめたい自分が
日々戦っているのです。

なんとなくつれづれなるままに。
だってやっぱり、帰りたいんだもん、途上国というフィールドに。
なんでかなんて、もうよくわからないんだけど。


Saturday, January 25, 2014

スタートラインからみえる景色

今会社が5連休で、こういうときになると、無駄にブログを更新してしまうな、なんて思いながらもこうやって更新している訳だけれども、

こうやって暇ができると、ものをじっくり考える隙間だとか、
生き方を見つめ直す隙間だとか、

いつもいっぱいいっぱいの心の中にふぅっと、隙間風がが入り込んできて、
普段考えていても言葉にしてないことを、書きたくなって
それで書いてしまうのかな、なんて思ったりしている。

話は変わるけど(かなり大々的に変わるけれどもw)
今、私の知り合いでカンボジアにいっている人がいて。

私の知り合いのカンボジアにいっている人、とかいったら
NPOだとか協力隊だとか、カンボジアでビジネスしてる人だとか
そんなようなのがでてきそうだけど、
そういうのじゃなくて、うん、旅行で。

その人が旅行で一週間カンボジアにいっていて、
その話を、ちょいちょい聞いていたら、
ああ、いいなぁって思った。

なんというか、その昔をふと思い出して。

私の初アジア旅行はフィリピンだった。
空港からタクシーにのって、
マニラの喧噪の中をくぐり抜けて。
立ち並ぶ雑居ビルに高層マンション。そのすぐ下にはホームレス。

そしたら、おばぁさんに物乞いをされて。
おばぁさんは今にも死にそうな子供抱えて、
ずっと私のタクシーをノックしてくるんだよね。

それで私なんだかこわくなっちゃって、タクシーの運転手さんに
早く行ってってお願いして逃げるようにその場を離れた。

ああ、かわいそうって思ったよな、あのときは、さすがに。

だけど、今見たらどうなんだろう。
あの子供、レンタルチャイルドでしょ?とか
お金もらうためにどっかから借りてきてるんでしょとか
余分な知識がふっと浮かんで
きっとさほど感情移入もすることなく
あっちいってって態度とっちゃうんじゃないかなんて、
なんだか不安になったよ。
レンタルだろうとなんだろうと、目の前にあるのは命だってことに変わりないのにね。
そして私のもってる100円で、もしかしたら、もしかしたらだよ、
その子が助かったりするのかもしれない。しないのかもしれない、あるいは。

「かわいそう」とか思う事が正解じゃないんだ。
なんだか上からで、嫌悪感すら感じたりする。私はね。
だけどそういう生々しい感情は、「そのとき」しか味わえないんだよね。

知識とか経験が積まれたあとじゃみえないもの、最初しかみえないもの、
そういうのあるよなぁって。どこの世界でも。

久しぶりに、彼のおかげでそんなこと思い出して、
今いる私のステージで、私はまだその「最初」にいるんだってことも再確認して、
今感じてる事、未熟な中でも思ってる事、そういうの案外大事かもなって
再認識したよって話。

まぁとにもかくにも、無事に帰ってきてくれるといいんですけど。
喧噪の町の中に、きらりと輝く光をみつけて帰ってきてね。

明日はそれでもやってくる。はずだ。

もう消えちゃったけど、いつかの「ほぼ日」に糸井さんが、
明日はある、って話を書いてた。

今日が人生最後って気持ちで、頑張るっていう美徳は否定しないけれど、
でも大抵の場合、明日はちゃんとあって、何か挑戦する際の失敗したときのリスクヘッジだってちゃんと準備されてて、やりなおしだってできて、って。だから今日を明日に積み重ねたっていいんじゃないのかなぁって。そんなような内容だった。

その通りだなって思った。

いや、今日が人生最後の一日かもしれないって思って
それで君はほんとに後悔しないのか?って毎日答えを問いながら生きていく、
そういうスティーブジョブスのような生き方は素敵だし
そして、私はそんな言葉に勇気をもらって、そんな言葉を自分に問いかけたりもして、
今まで生きてきた訳だけど。

だけど。そう、今までずっと、明日はやってきたじゃないかってふと思った。

もしかしたら、もしかしたらね、
明日死ぬかもしれない。
だけど、それは、本当に私の人生の最後の瞬間にしかおこらない訳で。
起こったら、起こったときにはもう死んでて後悔もなにもない訳でw

実際には、明日がやってくる確率の方が遥かに高いんだよなって。

だから今日、挑戦できなかったとして、後悔して、
今日、頑張れなかったとして後悔して、
今日、うまく出来なかったから後悔したとして、
それでもやってくる明日に、今日を重ねて、

「あぁー今日の私最悪だな、まぁ明日があるさ」
っていってみるのも、わるくないな、なんて。

できれば、そりゃ、今死んでも後悔しない毎日を生きていたいとは思うけどね。
たまにはいいと思うんだ、それでも。

今日を明日に積み重ねる。素敵な言葉だなぁ。糸井さんさすがだなぁ。


Thursday, December 26, 2013

新しい仕事

ルワンダではさんざん更新されていたこのブログ。

最近ではめっきり書くことも少なくなりました。

その後、どうなったのか?

語り尽くせば長い話ですが、

とりあえず、まずは近況報告から。

今私は、とある軽井沢の旅館で働いております。

2月には京都の旅館に配属予定です。



ルワンダで、ホテルを作って、できなかったこと、いっぱいありました。


とりあえず、日本に帰ってきて、

自分に足りないものを埋めて、もう一度途上国というフィールドにたちたい、

そう思って、この職業を選びました。


おもてなしで世界を変える、できるかわからないけど、

ルワンダでできなかったことを、できる、に変えて

いつかまた新しい舞台で、恩返しできるように、

ひとまずは修行です。


今までの私とは全く違う環境で

今はまだ戸惑ったり、悔しい思いをしたり、いろいろですが、

とりあえず目の前のことを一個でも多く吸収して

前に進みたい。絶対戻りたい。

また、途上国でいいものを本気でつくりたい。


そんな風に思っています。




Wednesday, September 18, 2013

このブログのタイトル恥ずかしいわ。今更だけどさ。

C'est la vie.
絶対に夢をあきらめない。私のブログ。

ってタイトルさ、恥ずかしいよね。中二病みたいで。

ってふと思って、吹き出した。


特に後半の日本語のあたりがさ。若いよ。若い。

なんていうかさ、青臭いよ。

気付いてるんですよ。そんなことは。
毎回アップするたびに、多少、恥ずかしいな。っていう葛藤があるんですよ。これでも。

じゃぁ変えればいいじゃないかって話なんだけど、
変えたくないんだよねぇ。
これはさ、3年前の私が、まだ青臭い頃の私が
夢とか語っちゃう頃の私が、
行く道もよくわからなくてひたすら不安だった頃の私が、
精一杯の背伸びをして、
精一杯強がって、
紡ぎ出した言葉なんだよね。

C'est la vie.  (  This is life. )
絶対に夢を諦めない。私のブログ。

あまりにも、まっすぐで、あまりにも暑苦しくて
今みると笑っちゃう。

だけどね、どきっとする。
この時のこの言葉に恥じないように生きてるかなって書くたびに考える。
だからずっとこれでいいんだと思うんだよね。

40歳になっても、50歳になっても、100歳になっても
このタイトルで。そうこうしてるうちに、
これが私の生き方になってくれればいいなと思う。

久しぶりにルワンダに向かう飛行機にて。
多分私のこれからをじっくり考えることになるこの旅の最初に、
久しぶりにブログを読んでちょっと恥ずかしくなったけれど、

私はこれからも、ずっとこの恥ずかしいタイトルでやっていこうと思います。



























Monday, July 8, 2013

それでも信じなければ何も始まらなかったのじゃないかって。イノセントと過ごした日々。

今思えば、何もかも嘘だったのかもしれない。
でもその中に、少しだけでも本当があったことを信じて。

私は彼について、何回もブログに書こうと思った。
イノセント・アキリニマリ・ハレリマーナ。
親友であり、今はその反対側にいるような、でもそれを認めたくないようなそんな彼について。ここしばらく私の中の何かが、それをずっと拒んでいたような気がする。

だけど、なぜだかよくわからないけれど、突然思い立って京都にやってきて
スティーブジョブスも通ったというお寿司屋さんで最高の寿司をたべ、
そして彼も座ったというその席に座って記念撮影をして、ホテルハイアットで山崎の18年もののウイスキーを飲むというアフリカとは正反対の生活をして、そして思った。

何か書かないと、と。
ふっきれた、という訳でもなく、ただ前に進むために、私は書こうと思う。
もう帰ってはこないかもしれない、友人のこと。
ちゃんと、正確に伝えたくて、多分少し長くなってしまうけれど、
お時間のある人は、最後までおつきあいいただけると
私はうれしいです。

イノセントという人は、私がルワンダで出会った人で
今まで一番心を開いて、頼って、頼られた、そういう人だった。

私がここにきたその日に出会って以来、ずっと仲の良い友人だった。
彼は近くの学校の経営するゲストハウスで働いていて、
私の名前をすぐに覚えてくれて、
アフリカ人なのに(笑)私を一回も口説いてこなかった。
(何か勘違いされるかもしれないので断っておくと、ルワンダ人は基本的に
外国人女性に話しかける二言目には「結婚しよう」と言っている気がする)
やたらと短いネクタイがチャームポイントで、いつもニコニコしていた。
村の人は誰でも彼のことをしっていて、みんなから信頼されてるような人だった。
そして、彼はコンゴからやってきた難民だった。

私は彼の実家のある難民キャンプに何度か連れて行ってもらったことがある。
家族にあって、友達を紹介されて、そして、私も何人もの私の友達を紹介して。
そう、私たちはそういう、とてもいい友達だった。

ルイーザビレッジが燃えた頃。私とデオは彼を仮マネージャーとして採用した。
理由は、ゲストハウスで働いた経験が既にあること、英語がしゃべれること、
テキパキと動くイノセントはお客さんに絶対好印象だとおもったこと、
などいろいろあるが、でも一番の理由は、彼が私の一番信頼している人だったから、
なんじゃないかと思う。
彼とだったら燃えたレストランもなんとかできると、素直にそう思えた。

そしてそれは本当にその通りだった。
イノセントはそこに住み込みで働いてくれるようになった。
工事もずっとはやく進むようになったし、
私たちのサービスに対してもとても積極的に意見をくれた。
こちらからなにか提案すれば、すぐに改善してくれたし、
夜遅くまでのこって、私と雑務までこなしてくれた。

そうやって日々が過ぎた。

最初はイノセントに対して半信半疑だったデオも、
気づけば彼をとても信頼するようになっていた。
彼にあいたくて帰ってきてくれるお客さんもいた。

その全部が私は、素直にうれしかったし、そして何より彼と働くのは本当に楽しかった。


少し何か変だなと思ったのは、私の帰国一ヶ月半くらい前のことだったような気がする。

彼のお兄さんがコンゴで殺された、らしい。理由はわからない。
でも、イノセントが精神的にすごくつらそうなのは手に取るようにわかった。

いつもはしないはずのミスが増えて、
今までしなかった遅刻をするようになり、
毎晩眠れないと言っていた。
なにかじっと考え込む姿もよくみるようになった。

でも、私にはどうすることもできなくて、冗談をいって笑わせてみたり、
イノセントと仲良かった今は日本にいるボランティアに電話して話してもらったり、
難民キャンプの家族を訪問してみたり、そんなことしかできなかった。

そんなこんなで、気づけば帰国5日前になっていた。
少しずつだけど、いろいろ引き継いで、
少しずつだけど、形になってきたRwiza Village。
これからはルワンダ人のみんなの手で、なんとかしていけるかな〜というところまで。

そんな時電話がなった。知らない番号から。出てみるとイノセントだった。
「ゆりこ、申し訳ないんだけど、もう、あそこには戻れないから、
君からもらった荷物帰したいんだ。あとごめん、空港に見送りに行けなくなった。
ごめんな。今、コンゴなんだ」
とかなんとか言っている。

「・・・・」
「・・・・・。」

私「ちょっと待って。もうルイーザにかえって来れないってどういうこと?コンゴってどういうこと?」

そして電話が切れた。意味がわからなかった。
デオにいそいで確認する。
「イノセントが1500ドル持って逃げた。彼は泥棒だ」とデオは言う。

え?なにそれ?ただ、ただ混乱する私。

急いでルイーザビレッジに飛んでいく。彼の家に行く。
みんなにあって状況をきく。
イノセントは確かにそこにいなかったし、売り上げの1500ドルも彼と一緒に消えていた。1500ドル、それは彼の一年分の給料だった。

なぜ、こんなことになったんだろう。
一体何があったんだろう?え、そんなことってあるの?

帰りのバスの中、私は彼をまだ信じたい気持ちと、そして裏切られたようなそんな気持ちを同時に抱えて、もうわけがわかんなくなっていた。

彼と出会って2年間、一緒に作り上げてきたものが一気に崩れ去った瞬間だった。


今となっては、彼がなぜそうしたのか、そうしなければならない何かを抱えていたのか、
何がほんとだったのか、どこから偽りだったのか、
もう全部わからない。

ただただ呆然とキガリにいるボランティアの家に帰って、
ベランダにでた。

もうみることもなくなるだろう、キガリの夜景はすごくきれいだったけど、
それをみてたら急に悲しくなって悔しくなって涙が止まらなくなった。

今までは。そう今までは、「あきらめない」という選択ができた。
デオとうまく行かなくても、何していいかわかんなくなっても、
工事がほんと進まなくても、レストランが火事で燃えても。
がんばれなくなることはいっぱいあったけど、
「少しずつでも前に進む」という選択ができたのに。
帰国まであと5日。私に何ができるっていうんだろう。
多分、もうおこらないように対策を考えることくらいしかできなくて。


まさかの帰国5日前、
「貧困」とはこういうことだと、私は最後に思い知らされたような気がする。

何を抱えていたにせよ、
今までの関係も、これからの関係も、私たちの気持ちも
無にして一瞬の大金に手をだしてしまう
その想像力の欠如、とか、
もしかしたらお兄さんを殺された彼の抱えていたどうしようもない問題の奥深さ、とか、
そういうものが「貧困」ってやつだ、と。

自分の力不足が悔しくて悲しくて。


私がルイーザビレッジに関わった最後の瞬間が、これで終わってしまうのは
なんだかとても残念だけど、
でも、この「貧困」ってやつとは、もっともっと向き合っていきたい、と
帰国してから私はよく考える。

今回できなかったことを次に、またこのフィールドに帰ってくる時にはちゃんと
できるように。
次はイノセントのような人の力に、本当の意味でなれるように。

いったん日本には帰るけど、私はまだここで終わるわけにはいかないんだなと、
思い知らされたからこそ。


最後に。
私がここにこれを書くのは、別に、彼に対する恨みつらみを書きたかったわけでもなく、
私がここにこれを書くのは、別に、それで同情してほしいからでもなく、
これはある意味、決意なんです。

それでも前に進みますよ、と。
いつかまた、このフィールドに成長して帰ってきますよ、と。

信じたから失ったけど、信じなければ何も始まらなかった。

だからこれからも、人を信じることを選びますよ、と。




Friday, April 5, 2013

あと二ヶ月。

家の近くのバーで、騒ぐルワンダ人を見つめながら一人で飲むビールにもだいぶ慣れた。

最初はさみしいと思っていた。

だけど、今は多分これは最高の贅沢なんだと思うようになった。


私のルワンダ滞在も、残り二ヶ月。

泣いても笑っても2ヶ月なんだと思う。


何が残せるだろう?

何を学べるだろう?


2年前と比べて、私は何か成長したんだろうか?

そんなことを考えながら今日も一人でビールを飲む。


日本に帰ったら、どうしても会いたい人がいる。

毎回帰るたびに実は忙しい中、時間を作ってあってもらってる。

その人にはきっとすぐ、私の小さなハッタリなんて見破られてしまうだろうから。

はったらなくてもいい自分に。ならないとね。


残り二ヶ月。

今日もビールがおいしい。